Visual Thinking Strategiesで共感力を高められるのか

先の記事でVisual Thinking Strategies(以下、VTS)で医学部生の視覚リテラシーを向上させることができる事例を紹介しました。

今回は視覚リテラシーだけでなく共感力も育てることができる可能性についてお話したいと思います。

目次

医療従事者における共感力の重要性

どの組織においても共感力は働く人にとって重要な役割を果たしています。

まず、共感力が高い医師は患者のアドヒアランス(治療や服薬に対して患者が積極的に関わり、その決定に沿った治療を受けること。)が高くなる可能性が示唆されています。

The Effects of Physician Empathy on Patient Satisfaction and Compliance

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0163278704267037

また、共感力は患者と医師の良好な関係性の構築だけでなく、医療スタッフの燃え尽き症候群に対しても軽減させることが分かっています。この場合、共感力が高い組織では仕事の満足度が高いことが言及されています。

Empathy and burnout in medical staff: mediating role of job satisfaction and job commitment

https://bmcpublichealth.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12889-022-13405-4

このように共感力が高まることは医療従事者にとって個人や組織にとってプラスになることが確認されています。

では、Visual Thinking Strategiesは医療従事者の共感力を高めることができるのでしょうか。

カナダのマックマスター大学医学部の場合

Visual Thinking Strategiesを使用した共感力向上プログラムはカナダのマックマスター大学医学部とマックマスター美術館(以下、MMA)にて行われました。

マックマスター美術館ではこのプログラムを「The Art of Seeing」として現在は一般向けにも公開しています。

このプログラムは研修医を対象に行われました。

研究ではプログラムの参加者に対して前後にThe Interpersonal Reactivity Index(IRI)対人反応性指標やCompassion Scale、自己申告によるマインドフルネス尺度を用いた測定が行われました。また、プログラム終了後に参加者に対して定性調査として半構造化インタビューも合わせて実施されました。

また、このプログラムの他とは異なる特徴としては授業の中にマインドフルネスを取り入れていることです。

プログラムの一例

The Reward of Cruelty (The Four Stages of Cruelty), print, William Hogarth (MET, 32.35(121))

次にプログラムの内容の一部をご紹介したいと思います。

プログラムの最初に「形式的な美術分析の導入」というものが行われています。

このプログラムの基礎となるのは、正式な美術分析のスキルとマインドフルネスの実践です。各セッションの開始時には、午後から行われる実習に慣れるために、呼吸やボディスキャンを意識したマインドフルネスの練習を行い、同時に臨床現場でのビジネスやストレスから「離れる」ことを意識しました。

この中には、作品に使われている色、線、形、空間、質感、強調、動き、バランスなどを認識し、表現するためのアプローチが含まれています。その後、ギャラリーに移動し、MMAのコレクションや展覧会のプログラムから、これらの形式分析の原則を作品に適用しました。

選ばれた作品は、伝統的で具象的なものから、コンセプチュアルでコンテンポラリーなものまで、多岐にわたりま

す。例えば、ウ ィ リ ア ム ・ ホ ガ ー ス の 版 画 エ ッ チ ン グ 「 The Reward of Cruelty」(1751)などは、使用作品の例として挙げられました。

アートギャラリーのエデュケーターは、ファシリテーターとして参加者にVTS手法を用いて質問をし、参加者の観察を指導し、議論を促進させました。

この演習の目的は、分析領域の記述子を用いて作品を分析し、作品のあらゆる可能な意味を明らかにすることである。

その後、アートセラピストが指導するアート制作の実習に移りました。水彩色鉛筆、パステル、色紙、はさみ、のりなどの簡単な道具を使い、ギャラリーの活動に呼応して、個人的で内省的なコラージュベースの作品を作り、学んだことを補完しました。例えば、このセッションでは、「シーンを作る」ことと、その作品について2~3文のストーリーを添えることが求められました。セッションの最後には、短いガイド付きマインドフルネス・メディテーションの実践が行われました。

実験結果

参加者の演習前と後に各テストの測定を行ったところ、The Interpersonal Reactivity Index(IRI)対人反応性指標やCompassion Scaleでは有意な差を測定することはできませんでした。

マインドフルネスの総合得点では、グループ効果やテスト効果は見られませんでしたが、下位尺度の分析では、「内的経験の非審判」サブドメインに有意な効果が見られた(F (1,23))。「描写/自己表現」サブドメインでも有意な効果が確認されました。

また、演習後の半構造化インタビューでは研修医のストレスマネジメントに効果的であるや観察力の向上に伴い患者とより深く向き合うことができるようになったというコメントがありました。

まとめ

定量分析の結果に有意性が見られなかったことは今後の課題だとは思いますが定性調査においてポジティブな意見が多く見られたことはこのプログラムの今後の可能性を考えていくうえで重要な結果だったと思われます。

今回はマインドフルネスとアート鑑賞を組み合わせたプログラムであり、もしかしたらマインドフルネスの方がより効果的な影響を与えるのかもしれないと思います。

次はミュージアムで実践するマインドフルネスプログラムについてもう少し事例を集めてみたいと思います。

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