医学部のVTSワークショップで画像診断の質を上げる

先の記事にてなぜ医学部生向けのVisual Thinking Strategies(以下、VTS)のプログラムが始まったのかについて紹介しました。

ブレイバーマン氏は、「今日の医師は実際に患者を診察するのにほんの短時間しか費やさず、代わりに検査や数値に頼っている」と言っていることからも分かるように患者を診察する時間を少しでも長くできるようになることは診断能力の向上につながる可能性があります。

また、AIによる画像診断技術の開発が日進月歩で進んでいる今日この頃ではありますが、最終判断は医師による診断が大変重要になるのは暫くは変わらないのではないでしょうか。

今回の記事では実際にVTSワークショップを医学教育カリキュラムにて実践した場合、どのような有効性があるのかについて一例をもとに紹介したいと思います。

目次

マイアミ大学でのVTSワークショップ

今回紹介する事例はマイアミ大学で行われたVTSワークショップの件を取り上げたいと思います。

マイアミ大学では医学部の最初のコース「医療職入門」の一部にVTSワークショップを取り入れています。

学生は、VTSの手法の概要を含む医療人文学の入門講義を受けた後、大学内の美術館で3時間のVTSセッションに2回参加するような内容になっています。

このセッションは、観察力、コミュニケーション能力、そして医学のように芸術が明確に定義された答えを提供するのではなく、むしろ多角的な視点を提供することを理解する上で効果的であると、学生たちは感じていることが事前のコースの評価でわかっています。

しかし、このようなVTSコースへの関心は高いものの、このセッションが実際に画像診断の質の向上につながるという客観的なデータはありませんでした。

そこで、VTSワークショップを体験した学生を対象に臨床画像の分析をする際の単語数、画像分析時間の長さ、臨床画像の観察記録の質の測定をすることにより定量的に変化がみられるのかを研究しました。

研究方法

研究方法は医学部1年生を対象に、2セッションのVTSワークショップへの参加と、プレテストおよびポストテストのスコアを比較する方法をとりました。

研究参加者は、同意の上、ベースライン調査および事前テストを実施しました。

その後、参加者は、VTSトレーニング(介入)またはVTSトレーニングなし(比較)のいずれかを行いました。

VTSワークショップのセッション後、介入グループと比較グループはポストテストに回答するよう求められました。

VTSワークショップの実施方法

VTSワークショップは、2週間にわたって大学の博物館で3時間のセッションが2回行われました。

VTSトレーニングは、介入グループのための30分の大きな集まりで行うVTSから始まり、2人のミュージアムエデュケーターが、VTSの共同進行の方法を実演しました。

その後、VTSのディスカッション。導入の際、参加者は画像・オブジェクトのディスカッションに参加するだけでなく、ファシリテーターの役割も依頼されました。

最初の大きなグループはランダムに4つの小さなグループに分けられました。各グループのリーダーには、ミュージアムエデュケーターが1人つきました。

参加者は約15分間、VTSの方法論を使って美術品について議論しました。

ミュージアムエデュケーターとの共同ファシリテーションにより、参加者はVTSの重要な要素であるアクティブリスニング、言い換え、中立な立場を保ちながらコメントをつなぐこと、アイデアや視点の多様性を促す環境づくりを意識しながら議論をリードする機会を得ました。

大学内美術館の3つの異なるギャラリーで、合計6つの作品があらかじめ選ばれていました。

4つのグループは、各ギャラリーで合計2つの作品を鑑賞しました。すべての作品は、リードミュージアムエデュケーターによって事前に選定されました。

選定された作品の内容は、抽象的なものではなく、物語性のあるアートでした。なぜなら、各作品に曖昧さがあることが重要であり、それが多様な視点を促すことにつながると考えたからです。

プレテストとポストテストの内容

VTSワークショップの前に実施されたプレテスト評価には、以下のものが含まれていました。

1)社会人口統計学的特性および臨床または人文科学のトレーニングの経験の有無を評価するベースライン調査

2)臨床画像に対する時間制限付きの筆記応答を行いました。回答編では、学生には、正常・異常の心電図や胸部X線写真、基礎疾患プロセスを示す目に見える身体検査所見を持つ患者などの臨床画像の提供

心電図と胸部X線写真の正常・異常の違いや、患者像に関する観察事項を記述する。事前テストは、RedCapを使用して実施され、学生は回答を入力することができました。

試験後の評価は、最後のVTSセッションの翌日に、すべての研究参加者にテストが提供されました(介入グループと比較グループの両方)。

介入群、比較群ともに、同日にRedCapを介して自動メッセージが送信され、ポストテスト評価を完了させました。テスト後の評価には、人口統計のセクションは含まれませんでしたが、テスト前の評価と同じ構成の時間制限付き記述式回答部分があった。

臨床画像に関する問題の自由回答は、REDCapシステムを使って開始から終了までの時間を計測しました。プレテストの問題では、学生に心電図(ECG)の正常と異常、胸部X線写真の正常と異常、そして最後に眼瞼下垂と減数分裂が描かれたホルネル症候群の患者の写真が提示されました。

心電図と胸部X線写真については、異常な画像に見られる違いについて、生徒が考察を書き込むよう求められました。

最終的な患者の画像については、学生に観察結果を記録させた。事後評価では、同様に時間を計り、再び正常・異常の心電図と胸部X線写真、およびクッシング症候群の患者の画像を提供した。

テスト前とテスト後の評価における画像は、異なる病態を表しているため同一ではないが、研究チームの2人の臨床医によってテーマが類似していると判断されたものを選びました。

回答完了時間の差は、単語数の差と同様に計算された。各画像セット(合計6枚)の主要テーマは、回答データから導き出されました。

研究結果

以上のようなテストを行った結果、次のようなことが分かりました。

臨床画像を説明するために使用した言葉の数についてはベースライン時、介入群は比較群より統計的に有意に多くの単語を使用して診断画像を説明しました。 ( そ れ ぞ れ 146.98 語 ( SD=105.83 ) 対 91.43 語 ( SD=64.46 ) 、P=0.001)。

これはポストテストでも実証され、介入グループは平均172.96語(SD=110.78)を使用し、比較グループは91.43語を使用しました。

結果として介入グループは、ベースラインと比較して、ポストテストで使用した単語数が統計的に有意に増加し、平均差は25.97語(SD=80.92、P=0.046)であった。

また、臨床画像観察の主観的な書き込みに費やした時間の合計についてはベースラインでは、介入群[10.66分(SD=6.97)]と比較群[8.37分(SD=10.99)、P=0.24]の間に平均完了時間の統計的有意差はなかった。

しかし、ポストテストでは、介入グループは比較グループよりも臨床観察を完了する平均時間が統計的に有意に長かった[16.63分(SD=23.93)対6.92分(SD=13.34), P=0.01]。

統計的には有意ではなかったが、比較群は画像に費やす時間が減少しました[8.37分(SD=10.99)対6.92分(SD=13.34)、p=0.52]。

Impact of Visual Thinking Strategies (VTS) on the Analysis of Clinical Images: A Pre-Post Study of VTS in First-Year Medical Students

https://doi.org/10.1007/s10912-020-09652-4

まとめ

このように今回ご紹介した研究では画像を説明する言語の数と観察時間の長さが増加することがわかりました。

言語の数が増えていることはより多くのことを画像から読み取る力が向上している可能性が考えられます。

また、観察時間が長くなることにより今まで見落としていたことを見落とす確率を低下させることができる可能性も考えられます。

いずれにしてもVTSトレーニングが観察することに対する意識を変化させている効果があると考えられます。

もう少し他の研究も調べてみてどのようなワークショップがより良いのかについては引き続き検討をしていきたいと思います。

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